ママさんが遺していった命

私がママさんに出会ったのは約10年前。
当時、借りていた事務所から歩いて30秒という定食屋“にんじん”は、ご飯のお代わり有りで、大食漢のお客様にはドンブリにご飯をよそってくれるという太っ腹な定食屋さんだった。
もちろん大食漢の私は、どんぶりご飯で大盛り気味でよそってもらい、お腹いっぱい食べていました。
その定食屋さんを、ひとりで切り盛りしていたのがママさんだった。
ごく普通のOLさん達が小さなお茶碗に軽めに盛ってもらっている中、ひとり大盛りドンブリ飯を食べていた私。それが目立ったのか、食べっぷりが気持ちがいいと言って、とても可愛がってもらっていました。
土曜などは、残りもの一掃だからと言って、おかずをサービスで何品も他の人より多く付けてもらったり。平日も他にお客さんが居なくなった閉店間際などに、お手製プリンをご馳走になったり。
借りていた事務所から引き上げ自宅で仕事をするようになってからも、歩いて数分のところにある“にんじん”さんには、お腹いっぱい食べさせてもらいに、よく行っていた。

ママさんの旦那様が亡くなった7年前に、夜ひとりで2階の部屋で寝るのが怖いという話をされていたので「猫を飼ったら?」と、猫との暮らしをすすめたのは私だ。
『なんの頼りにもならないけれど、でも一人じゃない小さな存在に、私も一人暮らしの時とっても助けられましたよ。不思議と、頼りにならないんだけど頼りになるんですよ。』と話をすると、ちょっとその気になるママさん。それから2週間後くらいには、白黒の子猫がママさんの新たな家族になっていた。
「猫を飼ってよかったわよー。本当に言う通りだったわ。別に頼りになる訳じゃないのに、心強くて。夜、2階に一人でいても怖くなくなったわ。」と、白黒猫を迎え入れた後、何度も話をしてくれた。

それから一年後、ママさんはお店のお客さんから「もう一匹、猫、どう?」と話を持ちかけられ、今度は洋猫MIXの真っ白い猫ちゃんが新たに家族に加わった。
その洋猫MIXの猫ちゃんは、スーパーの裏側の段ボール箱を積んだりゴミを並べてあったりする所へ捨てられた猫ちゃんだった。猫好きな人ばかりとは限らない、不特定多数の人が出入りするスーパーマーケット。
案の定、猫嫌いの人や心ない悪戯をする人の標的になり、蹴られたり放り投げられたりしていたそう。
お腹が空いて、助けて欲しくて駆け寄ったのに、蹴っ飛ばされて痛い目にあっても、やっぱりお腹が空けば食べ物を分けてくれたやさしい人を思い出して期待し、人間に駆け寄る。
小さな子猫だった洋猫MIXの猫ちゃんは、精一杯、自分で生きるための方法を考えてそうしていたのに違いない。
でも、何度か蹴られたり投げられたりするうちに、全部の人間を恐怖の対象と認識してしまい、段ボール箱が積まれた隙間に入り込み、出て来なくなっていたそうだ。
それを何とかしてあげたいと思った猫好きな方が、苦労して捕獲したのち、ママさんの家に来たのがミミちゃんだった。来た当初は、ママさんを怖がって姿を現さないミミちゃん。「ガタガタ怖がって震えているみたいなの。」そう相談を受けた私は、その時の持っている知識の限りアドバイスをした。
ママさんの家に来て、しばらくすると、先住猫の白黒のボンちゃんと洋猫MIXのミミちゃんは一緒に眠ったり、追いかけっこしたり。猫2匹仲良く、そしてママさんとの平穏な生活が6年続く。

ママさんから耐えられない胃の痛みに病院へ行ったら、ピロリ菌だって言われたという話を聞いたのは今年の6月に入ったばかりの頃だった。「その時に処方された薬を飲んだら全身にじんましんが出来て、実は大変だったの。」と。
私がランチを食べに行かなかった日に、たまたまお店を休んでいたらしく、ママさんの体に不調があったことを知らずにいた。
その後、ママさんは病院で処方された薬がどうにも合わず、体調を何度も崩し、食べられない状態になり、お店を開くのが辛くて、何度かお休みしたり、早めに店終いしたりしていたらしい。おそらく、最初に処方されて蕁麻疹が出たり、吐き気がしたりしていた薬の影響だと思う。いわゆる薬害というやつだ。それで免疫力が極端に落ち、一気に発症してしまったのではないかなと思う。
腰が痛くて耐えられないから外科に行ったらヘルニアと診断されたけれど年齢によるものだから治療のしようがないんだって。そんな話を聞いて、その後は整体へ行き始めたの。と話を聞いた後、6月の終わりから8月にかけて仕事がとんでもなく詰まっていた私は、お昼ご飯すら食べる時間もないほど多忙だったため、“にんじん”さんへほとんど行っていなかった。
その間に、ママさんの病状は一気に進んでしまっていたのだ。
悪性リンパ腫だった。
手術を受けたという2日後に電話をもらって「まだ、お店をやりたいの。食べられるようになりたい。」と言っていた。でも、それから2ヶ月。あっという間だった。
「入院している姿を見られたくないから絶対に病院には来ないで!」と言われていたので、お見舞いにも行かなかった。今頃どうしているかなぁと、お店の前を通った時や、ふっと手が空いたときなどに思い出しては気にはしていたけれど。

定食屋の“にんじん”は、ご自宅の1階を改装した小さなお店になっていて、自宅には介護が必要なお婆ちゃん(ママさんの母親)と猫2匹との世帯だった。
娘さんのうち一人は、長男の方と結婚されて家をもう出ている。もう一人の娘さんは海外で結婚。完全に移住されていて、ニュージーランドが生活の拠点だ。
ママさんが倒れ入院してからしばらくは、日本にいる長女さんが仕事の帰りにママさんのご自宅へ寄って猫の世話をして家に帰り、また翌日仕事帰りに猫の世話をしに寄るという方法でボンちゃんとミミちゃんの面倒を見てきた。
もう、その時点で、ボンちゃんとミミちゃんは日中誰もいなくなった家で訳も分からず取り残された不安から精神状態が崩れ、夜のわずかな時間お世話に寄る長女さんに温厚なボンちゃんが噛みつくほど取り乱していたそうだ。
今回のことで、7月上旬ニュージーランドにいる次女さんが生まれたばかりの子どもと4歳の子を引き連れ一時帰国され、日中もママさんの家に人がいるようになってから、徐々に猫達も落ち着きを取り戻してきた。だが、今度はママさんの具合が下降線に。
もう、長くないかもしれない。そう思い始め、まずは猫達の身の振りを考えなくてはならなくなった長女さんから私に連絡が入ったのが、前日に三毛猫を保護したため、子猫用の缶詰などをペットショップで買っている、その時だった。

携帯電話に表示された番号は“にんじん”のママさんのご自宅の番号。
回復して退院されたのかと思って出た電話は、「実はもう、いよいよ母がダメみたいなので、猫のことで…」と話す長女さんからだった。
この電話は後に聞くと、本当はママさんに代わり私にミミちゃんの猫生を託したかったらしいのだが、我が家は病気のにゃんを筆頭に4匹。おまけに今は、保護した子猫もいる。
事情を知っていて、ミミちゃんの経緯も知っていて、ママさんにもお世話になっている私が面倒を見られれば一番いいんだけど、にゃんのことを考えると我が家では無理だ。なので『ちょうど保護したばかりの子猫の里親探しをするので、ミミちゃんも一緒に探しましょうか。』と言うのが精一杯だった。
この電話を受けた2日後に、ママさんは亡くなった。

白黒猫のボンちゃんは、ボンちゃんの兄弟猫を引き取った先のお家で面倒をみてくれることになっている。
ミミちゃんは引き取り先が、まだ何も候補として上がっていない。
理想を言えば、ボンちゃんとミミちゃん2匹を離ればなれにせず、2匹とも一緒に引き受けてくださる方の元へご縁をつなげることが出来れば一番いいのだけど。

次女さんも、しばらくは日本に滞在してくださるけれど、生活の拠点がニュージーランドにある以上、そう長くはいられない。
そうなれば、住む人がいなくなった家でミミちゃんはひとりぼっちだ。長女さんが、また毎日トイレ掃除と餌やりに仕事帰りに通うとしても、それはミミちゃんの幸せなんだろうか。
残された世帯は介護が必要なお婆ちゃんのみで、看る人がいなくなった今、介護施設のショートステイの延長に継ぐ延長で、なんとかこの急場をしのいでいる状態です。
長女さんにしても、必ず毎日通ってお世話出来るとは限らない。仕事で出張だってあれば、自分の体調を崩すことだってあるだろう。
やはり、新しい家族となってくれる方を探すのが猫ちゃん達のためだ。

こんな諸々の事情を理解した上で、ミミちゃんを受け入れてくれる方を探しています。
ミミちゃんは約2ヶ月を一緒に過ごした次女さんやお子さんにすら未だにビクビクで近寄らず、遠巻きにしているほど繊細な子です。
飼い主であったママさんが亡くなり、お通夜や葬儀の打ち合わせや、その後の話し合いのために親族の方々の出入りが2日ほど激しかっただけで、現在ミミちゃんは姿を隠したまま全く現れないそうです。夜、皆が寝静まった頃を見計らって、ご飯だけ食べにどこからか出てきて、また直ぐに姿を消してしまうそうです。
きっと新しい飼い主さんとの生活をスタートさせたとしても、ミミちゃんが慣れてくれるまでに、相当の時間と愛情を費やすことになると思います。
可哀想なミミちゃんの置かれてしまった立場を理解して、根気よく、音を上げないで接してくれる方を探しています。
子猫の時に人間から受けた虐待のトラウマを持ち、飼い主さんに先立たれたミミちゃんを温かく見守ってくださる方へ、ミミちゃんの今後の猫生を託したいと思っています。


ミミちゃんと一緒に暮らしているボンちゃん。
ウチのももと似ていますが、ももではありません(^_^;)。
ボンちゃんは人懐こく、私にもスリスリ~としてくれる猫ちゃんです。
ミミちゃんとボンちゃんは、あとどのくらい一緒に生活できるのでしょう。
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これはママさんが亡くなる前日のミミちゃん。
約2ヶ月間一緒にいた次女さんが撮影してくれました。
耳が明後日の方向を向き、目は瞳孔が開いて緊張しています。
2ヶ月一緒にいて、この様にやっと姿を現すようにはなったものの、近寄ったり触ったりは出来ません。
そのくらい怖がりでナイーブな子です。
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by nyanmyupurin | 2011-09-17 19:58 | 猫と暮らして