最後の日

もし、今日が一緒にいられる最後の日と分かっていたら、どんな一日の過ごし方をしていただろう。その日が来たとき後悔のないように、毎日を今日できる精一杯のことをして過ごして行きたい。
今日が、姪っ子と会うことが出来る最後の日になるかもしれないという一日を終え、にゃん達ともいずれ一緒にいられなくなる日が来ることを再確認させられました。
姪との別れは、前もって今日という日が知らされていたけれど、にゃん達との別れは或る日突然にやってくる。だからこそ後悔しないように、今日の私ができる精一杯なことをしていかなくてはと思う。
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★今日のにゃん★
本日のにゃん、ウンチくん出ませんでした。
貯金5日目です。今日も、揉み崩ししても出す気無し。
しっこは、通常の1.5倍大のしっこ玉1個、通常の大きさのしっこ玉1個。

★今日のごはん(にゃん)
朝  :カリフォルニアナチュラルキャット フィッシュ&ポテト11g
昼  :手作りご飯
夜  :手作りご飯

今日の手作り食の内容
昼:人参、かいわれ大根、パセリ、三河鶏ささみ(生)、ホタテスープ、ビール酵母、ナチュラルカルシウム、ケイズマイスター
夜:人参、カブ、カブの葉、三河鶏ささみ(生)、ポーチドエッグ(卵黄のみ)、鰹のなまり節、ほたてスープ、ケイズマイスター、ビール酵母、ナチュラルカルシウム


e0031853_15583356.jpg朝はカリカリのみです。今日は午前中から妹宅へ行かなければならなかったので、午前のうちにお昼ご飯の用意。朝の猫缶をやめていたので、全部食べてくれました。夜はポーチドエッグにしました。これも、きれいに完食。お昼ご飯から時間がかなり経っていたので腹ぺこだった様子。量も大盛りで作ったけれど完食です。
手作り食練習組は人参、カブ、カブの葉、三河鶏ささみ(ボイル)、ビール酵母、に猫缶“たまの伝説 まぐろとささみ”で用意。
ぷりんは、3分の1食べて終了。今夜も花かつおを乗っけたり、カリカリを乗っけたり、あれこれ乗っけてもほぼ、乗っけたものの拾い食い。半分はお残しです。
みゅー2号は、今日も4分の3を食べてくれました。
ももは、ほんの少しだけお残し。カリカリを乗っけてもらいたいから、残してみたみたいです(笑)。なので数粒のカリカリを乗っけてあげて完食です。みゅー2号が残したご飯も、ぷりんが残したご飯も、今夜もももが食べています(汗)。
写真は上が夜の手作りご飯。下が夜の手作り食練習ごはん。
また、メモリースティックの調子が悪くご飯の写真を写したあたりを中心に壊れてしまいました。復元ソフトをダウンロードし、何時間もかけてあれこれ格闘してみたけれどほとんど復活できず(涙)。なのでフォトアルバムのインデックスブラウザに出てくるものをスクリーンショットで撮したものを使ったので、サイズがない上にボケてます(汗)。




Moreに気付いた方だけに、あまり気分のいい内容でないので。また、猫ブログには関係のない事なので、隠し記事で書きます。

今日、今現在の時点では事の成り行き上、姪っ子と会うことが出来る最後の日となしました。12日から大阪の義弟の祖父母に育てられる事になったからです。こうなることを阻止すべく、ずっと鬱病の妹の治療の援助に時間も経済的にもと自分が出来る範囲のことをしてきたババりんや私にとって辛い一日となりました。手は尽くしてきましたが、親権を振りかざし、あなた方は親じゃないとの一言で事が進み、児童相談所とも妹の精神科の主治医とも夏に交わしたはずの約束も果たされぬまま、まるで人さらいの様に姪っ子が大阪に行きます。
大阪へ行ったら、二度と浜松には帰さないと今の時点は言われています。
たった3回ほど会っただけの祖父母の元で、訳も聞かされず養護施設から直接大阪へ行くことになる姪。
今日の外出許可で6ヶ月ぶりに戻った我が家(妹宅)ですら、2時間近くも泣き通しで「(施設に)帰りたい。帰る。」と訴えていたというのに…。
5月の中旬に姪が養護施設に入ることとなって以来、妹達のこと、姪の事はブログには書かなかったけれど(あまりにも色々な事がありすぎて、妹達の問題のことで動く時間も多い生活だったので、その一つ一つを書き記すことはしてこなかったけれど)、今日がもしかしたら姪と会える最後の日になるかもしれないので記録しておくことにしました。

乳児園にいた姪っ子が、まだ鬱病が全く治っていない妹のもとで生活することとなり、自宅(妹宅)へ戻ってきたのが今年の3月でした。義弟は子供を家に戻しての生活を始めるために、あらゆる嘘を乳児園・児童相談所に突き通し、妹の精神科医には隠し通し、姪っ子との生活を始めました。結果は病気が治ってなどいない妹が限界がきてしまい我が子の虐待の再発となってしまいました。昨年の11月に乳児園に入所していた姪の面会に(当時は私が妹の変わりに義弟とババりんと3人で面会へ行っていました)行った際、全く病状がよくなっていない妹のことを、状態がすごく落ち着いて子供を受け入れる状況が整っているとの嘘を平気で言っていることに、本当のことを乳児園の園長さんに言ってやりたいと心の中では逆上していた私です。外泊許可で乳児園から自宅に戻ることになった時も、毎回実際にはうちに泊まり、私とババりんが面倒を見ていたことも、全て隠して嘘を言って、手に入れた同居生活のスタートでした。
絶対に妹が我が子に手をあげてしまうだろう事は予測できていたので、姪と妹夫婦の同居生活の始まる3月になるまでに、児童相談所と妹の精神科の先生に何故、帰宅して一緒に暮らす許可が下りたのか、それが真実なのか確認したほうがいいと、ババりんに再三に渡り言っていました。そんな治療をする精神科の病院などおかしすぎるので、真実とは思えなかったからです(私は当時、精神科の治療と児童相談所とのカウンセリングには同席していなかったので)。しかし、妹がいつもババりんの診療の時もカウンセリングの時も同席しているので、ババりんは精神科の主治医や児童相談所の担当と話が出来ないと…。それでババりんは、姪の自宅での同居の話を進めている義弟に本当に先生や担当から承諾が降りたのか聞いたらしく(妹と義弟の診療時には、ババりんは席を外されています)、その返事を私に言い伝えていました。なので、もちろん承諾していることだし、決まったことだという話で。
しかし、私が予測していたように5月に再度虐待が発覚したときに、自宅での生活を再び始めることが精神科の主治医の承諾がないままに話が進んでしまっていたことだったと発覚。たまたま姪っ子の命には関わらないで済んだからよかったものの、事の重大さに義弟が分かっていないので、昨年の11月に、乳児園・児童相談所に嘘の現況報告をしてまで自宅での生活をするように仕向けたことなども持ち出して問いただしました。しかし、「家に戻れて、わずかでも一緒にまた暮らせて、良い思い出になったと思います。」との一点張り。
親であるはずの人が何故自分の子供に、こんな酷いことが平気で出来るのか。私には理解できません。
事を急がなければ起こらなかった辛い現実。小さな姪の心がどれだけ傷ついたことか。嘘が巻き起こした現実は、したくない虐待をしてしまった妹が病状が悪化。姪は自宅に戻ってから、ほんの2ヶ月弱で訳も話されず養護施設へ。おまけに養護施設へ送り届ける時は義弟は自分は行かず、その嫌な役をババりんにさせたのです。この事も、親としての責任を果たしていない上に、都合の悪いことや自分の立場にマイナスになることでは動かないブラックな面を私は許せない。もうずっと家で暮らせると思っていた姪は、養護施設に取り残される時、連れて行くことになってしまったババりんに「おばあちゃん、ヤダー!おばあちゃん、ヤダー!!」と泣き叫んだそうです。そういう嫌な役は、人頼みで逃げるとは卑怯です。
自分の子供が養護施設にいることになるのが経歴が汚れると気にしていた義弟と妹。それが、数々の作られた嘘をつくほど嫌だったのだろうけれど、それって親のエゴではないの?現状を考えれば、施設にいる事が一番最良の策だと今でも思う。面会でしか姪は親(妹・義弟)には会えないかもしれないけれど、自宅にいたのでは鬱病治療の薬で一日じゅう寝ていて何も出来ない妹(姪からすれば母親)が教育をつけることも出来ない、しつけも出来ない、母親らしいことも出来ない、愛情を掛けることも出来ない。しかも、気分によって虐待を与えるかもしれない。
そんな状態だったら安全な施設にいて、毎日を規則正しい生活サイクルで暮らして、しつけも付けてもらえて、同世代の子供達も大勢いる中で協調性も学べて、幼稚園だって通園していたのだし、多少遠いとは言え市内にいるのだから車で会いに行ける距離だし、ずっと安全だし幸せだ。妹の病状が良くなってくれば長期外泊も可能だったし、一緒に暮らすこともまた叶う希望もあったというのに。
まだ養護施設に移ってから半年あまり。たった9ヶ月の間に乳児園→自宅→養護施設→大阪の祖父母宅と転々とさせられる姪。妹の精神科の先生にも、児童相談所の担当職員にも、短期間に辛い目に置かされた姪に平安な生活を与えて欲しいとのこと。年内にまた別の住処に移させるような事は絶対にさせないことなど7月に話し合い約束していたのに。大阪の義弟のご両親の元へ行くことを選択するならば、何度か浜松に来てもらい姪っ子と会って慣れてもらってから事を進めること、今後の妹との面会が確実に出来るように約束を取り付けることなど、7月に話し合いで決まったことだったとに、後になって「そんな約束はしていない。あなた達は親ではない。」と言われてお終いです。一度、義弟の嘘から姪っ子がこれだけ辛い境遇にあっているのに、また同じ事を繰り返すことに、関わっている市の職員も精神科の先生も心に引っ掛かるものはないのだろうか。
だいたい妹は、義弟に捨てられたくない一心で、いつでも義弟の話に合わせているし、なんでも義弟の言うことにYesで動いている。だから診療の時も児童相談所との話し合いの時も(必ず義弟が同席しているので)、妹が自分の本心を言っていないということに精神科の主治医は分かっているのだろうか。
今は、鬱病の母親が多く、次々と施設の入所の順番待ちがつかえているから、ひとりでも早く空きを作ってという思いもあるのだろうし、所詮は他人事。真剣に状況をみてなどいないのだろう。もし、本当に真剣に親身に考えていてくれたら、そもそも最初の乳児園から自宅に戻っての生活を、全く病状が改善されていない妹の状況の中のこんなに早い段階で始めることなどなかったはずだと思う。

大阪に行くにあたって7月の話し合いでは、義母も軽い鬱病なうえ姪っ子が生まれた時にも全く喜んでももらえなかった事もあるし、嫌っている妹の子供に虐めなどをしないか心配なので必ず姪の世話はひとりでさせないことなど、取り決めて行うという約束だったのに。その事を妹の精神科の先生・児童相談所の担当職員に伝えても取りあってもらえず、夏の時の話し合いとは態度が一変。話をしに行った時に、上手いことその時だけ合わせて話をされて騙されたような気持ちで、怒りと悲しみでいっぱいです。
9月に、大阪の義弟のご両親が姪っ子を育てることになるかもしれないとの話を聞いてから、どのように話が進んでいるのか一切聞かせてもらえず、精神科の病院・児童相談所へ電話をしても「(ババりんも私も)親じゃないですから。」と話を切られてしまい、面談も断られ、11月の下旬に12月12日に大阪に行く事に決まったといきなり伝えられました。
一緒に暮らしていた我が子の虐待にすら気付かなかった義弟が、どうやって今後離れて暮らす姪の気持ちに気付いてあげられるのだろう。母親のイエスノーマンな義弟が、どうして幼い姪の気持ちが汲めるのだろう。あれだけ苦しい思いを何度もさせたのに、それも「少しはいい思い出も出来たから」などと言っているような人に、姪っ子の心を感じてあげられるのだろうか。
姪と同じように私も親から虐待を受けて育った者として、姪の異変にも妹の異変にもいち早く気が付いた私に変わるような存在が傍にいなくなり、大丈夫なのだろうかと心配でならない。しかも、症状は軽いとはいえ、義母も鬱なのに。
あちらの義母が普通の人なら心配はないけれど、姪が生まれたときのあの脅しと怒鳴り散らしのヒステリー状態の電話での出来事、妹が大阪へ行っている時に妹へした虐めの数々、妹と義弟の結婚の話が持ち上がった時の強烈な反対と酷い言葉の数々。その憎しみの対象のように嫌っている妹が産んだ子を可愛がってくれるだろうか。小さな子は、いいときばかりではない。愚図り出せば、長い時間愚図ったり、我が儘を言えばいつまでも駄々をこねて手を焼かせることも多い。それが、あんなに逆上タイプの義母に耐える事が出来るのだろうか。気に病んでも、もう事を変えることは出来ないけれど。私に出来ることは、姪っ子が大阪の祖父母(特に祖母)に可愛がってもらえるように祈ることだけになってしまった。どうか、義母がカッとなって姪を虐めたりしませんように。姪が辛い思いを、これ以上しませんように。
大勢の子供達と共同生活をしていたから、きっと大阪へ行ったら昼間は祖母とふたりきりの生活で寂しく感じるだろうなぁ。しかも、3回しか会った事のない人達との生活だ。「小さい子は、すぐに今までの事は忘れて、新しい生活に慣れる」と精神科の先生は言っていたけれど、私は姪よりも小さい子供の時の記憶もハッキリ覚えているし、その時感じた様々な感情もハッキリ覚えている。どの子も同じで一律と思って欲しくない。特に辛い思いをして育った子供は、普通にのほほんと育って来た子より、色々な事を考え生きていくものです。その事を知らない大人達が、児童相談所の職員だったり精神科の先生になっていて、どうして救いの手助けが出来るというのだろう。心の病気のサポートをしていくはずの仕事をしている人が、心について軽く考えているように感じる。そして、我が子に対してすら思いやりや愛情を持てない身勝手な親達にも、疲れる。
おそらく姪が大阪に行ってから、今まで以上に妹の回りがゴタゴタとするだろう。それが、今から見える。
by nyanmyupurin | 2008-12-07 23:59 | 猫族 | Comments(10)
Commented at 2008-12-10 19:54
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-12-10 22:16 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nyanmyupurin at 2008-12-11 12:31
>鍵コメント1さん
この病気になるのは、色々な理由があるようです。うちは、異常な家庭環境だったので、唯一、甘やかされて虐待の被害も一度もなかった妹が鬱になってしまいました。精神科の先生によると、我が家の場合は、私の立場が一番虐げられた環境で育ったので、本来なら鬱になるはずだとおっしゃってました。ですが、私は本当に幼い頃から色々なことを考え、また精神的に強い自分がいたので、どんな辛い環境に置かれても耐えてくる事ができたのですが、甘やかされて我が儘を通してきた妹が鬱病になりました。色んなケースがあるのです。
姪っ子、いよいよ明日、大阪へ行ってしまいます。大阪の義弟のご両親は、動物があまり好きでないそうです。特に猫はアレルギーあるとかで、義弟も嫌っていました。あちらへ行ったら、猫はおろか、動物と触れ合うことなどなく育つでしょう…。
Commented by nyanmyupurin at 2008-12-11 13:32
>鍵コメント2さん
7月の話し合いの場では、こちらの児童相談所の担当から大阪の児相とバトンタッチで様子を見るように手配するとの話でしたが、それも、私と母を安心させるための嘘だったようです。児相は、両親または保護者から申し出がないと担当についてもらうことができません。3月から、母が妹の家に泊まり込みで妹の介護をしていたので、同居者ということで姪っ子がいた2ヶ月弱は保護者の一人として扱ってもらえていたのです。なので浜松の児相から大阪の児相へ引き継ぐという形を取ってもらえるように7月に約束を取り付ける話し合いの場を浜松の児相に持ってもらえ、私も同席して真実を話しました。それで一旦は大阪の児相がつくことになったんです。ですが、すべては嘘。その時を丸くおさめるために職員が口を合わせただけのようです。
精神科の主治医は、全く話を聞く耳も持たない態度ですがカウンセリングの先生は、この状態では姪が可哀相すぎると言っています。これでは人さらいと同じだと言ったのはカウンセリングの先生なんです。いつも精神科の病院では、カウンセリングの先生と主治医と意見が割れますが、主治医が自分の考えこそ正しいと押し通すという感じです。
続く→
Commented by nyanmyupurin at 2008-12-11 13:32
>鍵コメント2さん
→続き
こうなってくると、裁判に持ち込むしか方法はないと、カウンセリングの先生は仰っていました。
しかし今の我が家は、母を扶養しマンションの返済中の私の経済力しかないので、弁護士に依頼する余力がないのが現実です。仕事もかなり厳しい状況ですし、妹にかかるお金も一部負担しているので、かなりギリギリなんです。
mixiは登録はしていますが、最近は時間がなくて、まったく放置状態でログインすら何ヶ月もしていない状態です(^_^;)。ブログと両方は、時間がなかなか作れないので…。
元々、にゃんに無料の遠隔レイキをお願いするためだけに登録したようなもので、すっかり遠ざかってしまってました。色々な情報収集に、たま〜に覗く程度だったりします。
鍵コメ2さんのニックネーム、よかったら教えてください。
Commented at 2008-12-11 20:34 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-12-12 00:36 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nyanmyupurin at 2008-12-13 00:41
>鍵コメント3さん
まだまだ、問題がわき起こって周辺がざわつきそうな予感です。おそらく、妹の病状が一旦、悪くなるでしょうから。今日、姪っ子は大阪へ行ってしまいました。今日は義弟が仕事を休んで大阪の自分の親と一緒に姪と4人で大阪へ行ったようです。私は今日も仕事がバタバタで、かえって何も考えずに済み助かりましたが、一日何もせずに寝ているだけの妹は、あれこれ考えて不安になっていたのではないかと思います。
私は小さい頃から曲がった事が大嫌いで、こうと思った道へ真っ直ぐ進む意思の強さと頑固さがあったので、自分で言うのも何ですが優等生でずーっと過ごしてきました。大人になって今までの人生をふりかえると、バカ真面目な人生です。唯一、不真面目といえば、酒はかなり飲みますけれど(爆)。
私のように、慎重すぎて羽目を外さないのもどうかと思いますが、小さな姪も強い意志のある子になって欲しいです。
勝手な親というのは、思いやりの心がないんですよね。私の母も、20年以上会っていない父も、そうでしたし、今もそうです。自分以外の人間のために見返りを求めずに、してあげることが苦痛でできないようです。
Commented by nyanmyupurin at 2008-12-13 00:43
>鍵コメント4さん
浜松の児相は、面倒なことから遠ざかりたいのでしょうね。それに、姪っ子のような子達が、本当に次々と出てくるんですよ。施設は順番待ちで、親が完全に放棄してしまっている子達は里親さん募集になっています。何度も姪っ子の面会に今まで行っていましたが、面会に来ている親は本当に少ないです。面会記録に記帳するときに、1週間後に面会へ行って、前回の面会記帳から1組とか2組の記帳しかなく、また自分達だった…というか、面会記録帳には、ほとんど自分達の名前でした。
そんな現状なので、一人でも早く施設から出して虐待や育児放棄されている次の子を受け入れないとならない状況なんでしょう。何とも言えない悲しさと、やるせなさがあります。
お友達と、もしお話しする機会があったら、絶対に励ましたり「頑張ってね」とか言わないであげてくださいね。鬱の人は、それがとてもプレッシャーになるので御法度なんです。
続く→
Commented by nyanmyupurin at 2008-12-13 00:44
>鍵コメント4さん
→続き
うちの妹も本来なら入院しないといけないほどの病状なのですが、本人が入院を拒否しているので母が一日介護に付くということで通院でおさまっています。そのお友達も、退院したからといって治っている訳ではないのは、よく分かります。一番いいのは、お友達の話を聞いてあげることです。
ただ、「うんうん。そうなの。頑張ったね。(頑張れではなく、肯定する言い方の「頑張ったね」はOKです)分かるよ。」とか否定したり促したりすることは一切言わずに、ただ聞くだけだったり肯定してあげることが、気持ちが楽になり回復の手助けになります。周りが忍耐のいる病気ですが、病気を公表しているのなら、お友達から連絡があったら断らず話を聞いてあげることが一番いいと思います。(対処の仕方をご存じでしたら、ごめんなさい)
mixiの件、了解です。また年末のバタバタがおさまったら、覗きに行きますね。教えてくださってありがとうございます。
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